アーユルヴェーダの神様ダヌワンタリ

アーユルヴェーダの神様ダヌワンタリの姿

この絵はいつもコースの一番最初に皆さんに見ていただくダヌワンタリ神の姿です。四本の手に持っているのは円盤(刃物なので外科学の象徴)、法螺貝(仏教では教えを広めるという意味があります)、薬草(冩血をする蛭を持っていることもあります)ですが、いちばん前にもっているヴェーダ聖典の下にある壷には不老不死の霊薬アムリタが入っています。この神様の誕生は、乳海撹拌という、ヒンズー神話の中でも一番ダイナミックな場面です。

不老不死の薬、アムリタ(下の絵)

神々と悪魔達は協力して不老不死の薬、アムリタを作ろうとします。天界にも海があり、そこは塩水ではなくミルクで満たされているので、その中に薬草などを放り込み、神々と悪魔達はこれを撹拌して精製し、薬を作ろうとするのです。そのためには、撹拌する棒が必要なので、山をとってきます。これに紐の代わりに龍を巻き付けます。そして巨大な亀を土台にして、海の真ん中に山をつきたて、巻き付けた龍の紐を両端から神々と悪魔達がひいて、ぐるぐるまわして撹拌するのです。すると、いろいろないいものがその中から生まれてきます。それはお坊さんであったり、牛であったり、ヒンズーの人達が宝物と感じるようなものです。そして精製作業の一番最後に、一番すばらしいアムリタをもったダヌワンタリ神がミルクの海の中から生まれてくるのです。

神話とギー(ミルクから作る精製バター)

この神話の背景には、インドの台所で毎日のように行われている、「ギー」という精製バターを作る過程が関わって来ます。インドでは牛乳を買ってきたらまず火にかけて温め、放置して上に浮いてくるクリームを取り除きます。このクリームをあつめておき、腐らないようにヨーグルト種を加えておくと、油分の濃いヨーグルトになります。これを何日分か集めて、ある程度の量になったら、冷たい水を加えて撹拌し、油分を分離させて無塩バターを作ります。このバターをさらに火にかけて水分とタンパク質を取り除いたものがギーです。ギーは命のエッセンスが詰まったすばらしい薬であるとアーユルヴェーダでは教えています。実際に効き目の高い薬なので、作り方やら使い方など、ギーについて語るだけで3時間の授業をしたこともあるくらい、すばらしい物です。こんな風に、牛乳を発酵で化学的にヨーグルトにかえ、物理的に撹拌してバターにかえ、さらに火で精製してギーを産み出す、という具合に、大雑把なものを精製して次々に良いものを取り出し、さらに精製していくと一番最後に一番精髄のところだけがあつまった最上のものが出てくるというパターンは、まさに乳海撹拌の神話と同じですよね。

私は大学時代、宗教社会学が専攻でした。井門富二夫先生という方から「神殺しの時代」という本をテキストにして、ひとつの社会の文化形成の上位には宗教があり、その神話が型となって文化の形が出来上がっていくという説を習いました。ギーと乳海撹拌の神話を例にとれば、その逆なのではないか?と思いたくなるのですが、実はこの説が正しいことを証明するのがアーユルヴェーダです。

オージャスという生命エネルギーのエッセンス

アーユルヴェーダでは、人間のカラダの仕組みを考える時に、まさにこの神話と同じようなパターンで人間の生理を理解しています。まず私たちは生きるために食べます。食べ物をどんどん体の中に放り込むと、カラダはそれを精製して(人間の場合には消化と代謝を行って)そこからエネルギーと体組織が生まれます。まず体液が生まれ、そこから血液が出来、肉が生まれ、そこ脂肪が生まれ、骨が生まれ、骨髄が生まれ…と、どんどん精製の度合いが高いものが生まれていき、一番最後に出てくるのが、オージャスという生命エネルギーのエッセンスのようなものです。乳海撹拌によるアムリタの作られかた、ミルクを材料にしたギーの作られかたに似ていますよね。

そして、このオージャスという物質は、免疫力を高め、やる気と幸福感をもたらし、命を動かす、まさにアムリタとおなじような性質のものです。そして、ギーの性質もまた、このオージャスによく似ていると言われているのです。オージャスが低くなると鬱症状や体力の弱りがもたらされ、全くなくなった時には死を意味します。

ですから、人間は、このオージャスがうまく、たくさん出るような生活をしていくことが、健康で幸福な人生に繋がるのです。そのためにはどうしたらいいか?オージャスを作りやすいような食べ物、精製されやすい食べ物(消化や代謝されやすいもの)をとり、うまく精製されるように、消化の火の力を常に高めておく必要があるのです。神話の中では、この火の力というのは、龍の口から吐く火として象徴されています。龍はグルグルまわされて火と毒を吐くのです。人間も老廃物を出しますね。これがうまく排泄されることも健康をささえる条件のひとつです。

これらがうまくいった時、アーユルヴェーダの神様であるダヌワンタリが不老不死の蜜薬アムリタを持って乳の海からあがってくる、というのは、なんと美しく人間の生理を象徴したシーンだろうかと思います。

では、オージャスを増やすものは何か?減らすものは何か?どう生活すればよいのか?これから少しづつお話していきたいと思います。